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東京高等裁判所 昭和45年(う)1327号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

控訴趣意第一点について

論旨は要するに、原判示第二(一)事実(兇器準備集合)につき、被告人が当時携帯していたのは発火不能の火炎びんであつたから兇器に当らないものであり、同第二(二)事実(公務執行妨害)につき、被告人はその犯意、実行行為のみならず、他の学生との共謀を欠くものであるから、被告人を有罪とした原判決は事実を誤認したものである、というのである。

しかし記録を調査すると、原判示各事実は、挙示の関係証拠により所論の点を含めすべて肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても、右判断を左右するに足りない。すなわち〈証拠〉によれば、被告人らが原判示第一(一)、(二)記載の日時場所において携帯使用した火炎びん約二〇本は、ガソリン、燈油および濃硫酸を入れたガラス瓶であり、本来その側面に塩素酸カリと砂糖の水溶液をぬりつけた紙片を貼付したうえ、これを他の物体に投げつけ発火炎上させることを予定していたところ、たまたま当時右紙片を貼付するためのセロテープの用意がなかつたので、これを瓶にそえて新聞紙で巻きつけたまま投げつけたため、火炎瓶が対象物に達する以前に紙片が脱落して発火しなかつたことがうかがわれる反面、その本来の使用方法によるときは、発火炎上することが明らかである以上、被告人らがその使用方法を誤つたため発火炎上しなかつたとしても、これをもつて所論のように本件火炎瓶は刑法第二〇八条の二にいわゆる兇器に当らないということはできない。また、原判決が弁護人の無罪の主張に対し、被告人が原判示公務執行妨害の際に、実行行為をなすことなく現場から逃走したとしても、共謀共同正犯としての罪責を免れることができないとした判断は、これを是認することができるものであるのみならず、原判決が共謀の内容としている「自動車に乗つて街頭を警備中の警察官部隊の襲撃」は、本件警ら用無線自動車(パトカー)に対する火炎瓶等の投てきを含むものと解することができるし、本件犯行直前になされた共犯者田中義三の演説が、所論のように、新宿駅付近における機動隊襲撃を内容とするものであつたことは証拠上認められないでもないが、このことから直ちに被告人が本件公務執行妨害に無関係であるとなすことはできない。論旨は理由がない。

同第二点について

論旨は量刑不当の主張である。

そこで記録並びに当審における事実取調の結果に徴すれば、本件はいわゆる赤軍派による組織的集団的犯行として公共に対する重大な危険をはらむものであり、被告人が各犯行に際し班長ないし小隊長等として同派幹部の命令の伝達、火炎瓶、爆弾の運搬等の職務に従事していることなど諸般の情状にてらしその刑責が重大であることは否定できず、原判決の量刑(懲役三年六月)もこれを首肯し得ないではない。被告人が本件犯行に及んだ動機は、同人が昭和四三年四月旭川市の高等学校から東京大学に入学したものの、同年六月頃から拡大の一途を辿つた大学紛争のため、授業も殆ど行われず、不安動揺の生活を送つている中、同四四年九月二〇日頃赤軍派幹部小西某の勧誘を受けて同人らの、世界革命を目標とする武装蜂起の思想に共鳴し、これに加入したことによるものであつて、同情の余地があること、また本件各犯行における被告人の地位、役割は、班長ないし小隊長などといつても結局において小西ら赤軍派幹部の指示を受け、これに従つて動いた下級幹部に過ぎないこと、幸に原判示第三の犯行直後被告人らの全員が逮捕されたため、企図された首相官邸襲撃の計画は未然に防止されたこと、被告人は本来善良な性格の持主であつて前科がなく、本件各犯行の途中において赤軍派の無謀な戦術に疑問を抱き始めていたが、右逮捕後は自己の非を悟り、捜査および原審を通じて犯行のすべてを自白し、当審において保釈を許可されるまでの一〇ケ月を超える未決勾留を経た現在、勉学の意欲に燃えており再犯のおそれはないこと等を認めることができるが、本件はまさに組織的、集団犯罪の特徴を備える犯行であつて、それによる法益侵害ないしその危険の大きいこと、集団内部においてその地位に応じての責任の差があることは、元来単独犯が予定され、その修正として共同正犯が考えられる一般犯罪と同日に論じ得ないものがある。刑法はその典型的な場合として内乱罪、騒擾罪の規定を設けているが、その趣旨は本件においても参酌さるべきであつて、被告人はもとより首魁的地位にはないが、また附和随行者と認めることもできないので、諸般の職務従事者ないし率先助勢者に準ずる刑責を負担しなければならない。この場合には一般共同正犯の場合のように参加の動機に同情すべきものがあることや、その後の態度の変化をそれほど強く量刑に斟酌することは許されない。然らば所論の諸事情を十分に考えても被告人に対し刑の執行を猶予するだけの情状があるものということはできない。しかしながら犯行当時の騒然たる社会情勢は鎮静に向い、また被告人がその一員であつた赤軍派はその無謀な活動によつて一般の支持を失い、その中心となつた活動家の多くは海外に去り、被告人が再度かかる無謀な行動に出ることはないと認められること、被告人の本件行動は社会情勢の激動期における青年の一時の客気の致すところであつたことを考えると原判決の刑はこれを減軽し、速やかな再出発の機会を与えることが相当であると認められる。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により本件につき更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実および法条に従い、最も重い爆発物取締罰則違反罪の刑に併合加重をなした上、刑法第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をなした刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。(青柳文雄 菅間英男 酒井雄介)

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